外国人のBLOGより日本人の美徳を見る
私は、右翼的思想を持っているわけではありませんし、特に日本人であることに誇りを持ってはいません。
むしろ、精神力がひ弱であるように思うこともあり、コンプレックスになっていることも多いのです。
私自身について言っても、どちらかといえばシャイな性格だし、周りに合わせて自分の意見を前面には押し出さないことも多々あります。
変な遠慮ですかね。
海外で仕事をする機会もありましたけど、思うことは「控えめではいけないな・・・」ということでしたが、結局あわせてしまったりしていたように感じます。
しかし、外国人から見ると、日本人がもつ独特の素養は、うらやむべきものであったのです。
ネットサーフィンで見つけた、中国の人から見る日本人の美徳をかいたBLOGを紹介します。
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2008年は日中青少年友好交流年にあたる。11月10日、日本政府からの招待に応じて中国側は300人からなる代表団を組織し、日本訪問を行なった。
11月12日、東京の学習院大学で日中青少年友好交流年の閉幕式が行なわれ、中国側および日本側代表団と日中友好団体など総勢1500人余りが参加した。閉会式終了後、我々は七つのグループに分かれて日本各地を訪問したのである。
閉会式には日本の麻生首相も参加し、四川大地震による困難を克服し、北京五輪を成功させたことに対する祝辞と賞賛の言葉を述べた。さらに、日中の青少年が交流によって互いの理解が深まり、日中関係の基礎が固まったことに喜びの言葉を語った。
閉会式終了後、中国側のA代表団は横浜や鎌倉などを訪問した。横浜は海に面した大都市であるが、横浜市のゴミ処理工場「鶴見工場」はまさしく海に面して建てられており、外から見た限りでは横浜ベイブリッジと美しいコントラストを成す現代的なハイテク企業にしか見えなかった。実際に工場を見学してみると、ゴミ処理工場を三時間に渡って歩き回ったにもかかわらず、靴は全く汚れていなかったのである。
鶴見工場はコンピューターで制御されているほか、工場の6階からはゴミ収集車が秩序正しく出入りしているのが見えた。これだけであれば震撼するというほどではない。中国人青少年たちが本当の距離を感じたのは日本人がゴミを厳しく分別しているということである。
代表団の一人は「日本人の細かい点にまでこだわる意識には敬服させられた。日本がこれほど環境保護を意識しているとは思っていなかったため、日本に対して持っていた固定概念が崩れた」と語った。
「日本で何を見たか」と問われれば、それは「中国との距離」と答える。しかし、この距離はハード面における距離ではなく、人的素質における距離である。****************************************
中国に行くと感じるのは、「エネルギッシュである」ということです。
確かに秩序的ではありません。
日本では、秩序がむしろエネルギーを奪っているように私は思ってましたけど、それは違って、他国からすると美徳なのですね。
日本の接客サービスについても、良い面もたくさんあります。
まず、「察する」ということを重んじますよね。
言葉を言わずとも、相手のやりたいことを先回りして、気を遣わせない・・・これが究極のサービスである・・・・そう思っている日本人は多いと思います。
そういえば、同じ九州でも、長崎と福岡では随分サービスの質が違います。
長崎は「察する」ということが重視されているように思うし、今すんでいる福岡はむしろ「元気」だったりします。
長崎は、古くから観光県であり、多くのサービスがホテル流を基準として作られているように思います。
一方福岡は、商都であるから、市場とかの元気のよさを反映しているのでしょうか。
そういえば、長崎から福岡へ初めて出て来て、仕事でサービスをするとき、お客さまの反応の違いに驚いたことがあります。
長崎では、お客さまはサービス担当者が察することをずっと待っていることが多いです。
オーダーが決まったときも、視線を送ったり、メニューから視線を外したり、色んなサインを出してました。
それに気づき、サービスを先回りしたとき「サービスって面白いな」と感じたものです。
しかし、福岡は違います。
察するのを待つ習慣があまりないのです。
決まったら「すいませーん!」とすぐ来ます。
察するという「間」がない。
「せっかちだな」そう思ったものです・・・でも今では「すいませーん」といってますけどね。(笑い)
そうしないと、担当者がオーダー取りに来てくれないのですから。
サービス担当者も、察する必要がないのですね。
大阪もその傾向があるように思います。
でもですが、外国人が見る日本人の「「秩序」とか「清潔」とかという日本人の美徳は、羨ましい素養であるのです。
サービスにおいて、リッツカールトンだなんだといいますけど、日本にも旅館やさまざまなお店や会社のなかに「察する」というサービスの基盤があるのです。
それは、日本人が人を育てていく上で、身に付けさせるものですから、他国の人よりはるかに高いレベルにあるはずです。
人の目や行動を見て先回りをする、「汲み取る」「察する」その力ですが、パソコンの影響なのか、若い子達は、少し欠けているように思えてなりません。
日本人の美徳がどこまで続いていかれるのか、私も親の一人として、子供にしっかり受け継がせなくてはいけないと思います。
サービスについては、「察することを磨くこと・・・」言外の言を聞くことのできる人間になることこそ、サービスの極意であるとおもいます。
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