2009年11月 7日 (土)

弘中 勝 氏の「発想源」より

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 【第1828回】制限は当然
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 サッカーは、
 ゴールキーパー以外の選手が手を使うと
 ハンドという反則を取られてしまいます。
 でも、サッカー選手の中で、
 「ちくしょう、手さえ使えればもっと勝てるのに」
 「あーあ、手でボールが持てたらなあ…」
 と言っている選手は、ほとんどいないと思います。
 サッカーは、手を使えないから面白いスポーツなのです。
 「手を使えないのに、足さばきであんなことができるなんて!」
 というのが、サッカーの技術のすごさです。
 ラグビーは、
 サッカーと違って、ボールを手に持つことができます。
 でも、前に投げるとスローフォワードという反則を取られます。
 だから、前にいる人にパスを出せないので、
 手にボールを持ったまま自分で走ったり、
 後ろにいる選手にパスを回したりしながら前進していきます。
 さらに、ラグビーボールはサッカーボールと違って、
 楕円形をしているからバウンドの軌道が読めません。
 だからと言って、ラグビー選手の中で、
 「前にパスさえ出すことができるなら、もっと俺たちは強いんだ」
 「監督ー。あのボールの形、何とかならないですか」
 などと言っている選手は、ほとんどいないと思います。
 ラグビーは、前にパスを出せないのが面白い、
 ボールが楕円形をしているから面白みが増すスポーツなのです。
 そういう制限の中でこそ、プレーが輝くのです。
 スポーツはどれも、
 ルールにそういった「制限」があります。
 ボクシングで、ボクサーが
 「もっとリングが広かったらなあ」などと言っても、
 どうにもなりません。
 柔道で、柔道選手が、
 「短パンでやらせてくれたら動きやすいのに」と言っても、
 どうにもなりません。
 野球で、野球選手が
 「納得がいかないので、15回裏までやりたい」と言っても、
 どうにもなりません。
 走り高跳びで、選手が
 「脚立を使わせてもらえたらいいんだけどなあ」と言っても、
 どうにもなりません。
 そういうルールの制限は、もうどうしようもないのです。
 その制限の中でいかに最大のパフォーマンスを見せるか、
 ということを考えて練習を積むのが、
 スポーツ選手の仕事です。
 ビジネスにおいても、いろいろな制限があります。
 例えば、
 「これだけの予算内でやってくれ」
 「これだけの期限だけでやってくれ」
 「これだけの人員でやってくれ」
 という制限が、どうしても出てきます。
 こういう時に、
 「もっと予算があったらなあ」
 「もっと期限が長かったらいいのに」
 「どうしてもっと人員が増えないかなあ」
 と、ぐだぐだと文句ばかり言う人間がいるのですが、
 そういう制限の中でいかに最大のパフォーマンスを見せるか、
 というのを考えて実行するのが「仕事」です。
 「でも他社は、もっとやりやすいようにしてくれてますよ」
 「あの会社は、もっと人員を増やしてますよ」
 と、他社を例に挙げてぐだぐだと文句を言うのは、
 サッカー選手が、
 「でも隣りのハンドボール部は、手をやって使ってますよ」
 「ラグビー部なんて、1チームに15人もいるんですよ」
 と文句を言っているようなもので、
 その文句には何の価値もないのです。
 手を使わないと不便なのでなんとかしろとゴリ押しして
 「じゃあおまえは手を使っていいよ」と言われたサッカー選手は、
 一流の仕事をしたと言えるでしょうか。
 サッカー選手の仕事は、
 文句を言ってルールの制限を変えさせることではなく、
 ルールの制限の中で最高のパフォーマンスを見せることです。
 同じように、社会人の仕事は、
 文句を言って制限や待遇を変えさせることではなく、
 その制限の中で最高のパフォーマンスを見せることです。

 それが、社会人の発想力であり、企画力であり、実行力です。
 制限なんて、あって当たり前。
 そういう意識を持たないと、良い仕事はできるはずがないのです。
 制限こそが自分の能力の見せ所を作ってくれるのです。
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そうなんですよね。
現実を見つめ、どうにも出来ないところは認め、
関われる範囲で、最高のパフォーマンスを表現してこそ、
企画力であると思います。
対人関係もそうです。
「この人が権限を持ってて、いつも邪魔します。」とか
「こんなにいっても、たぶんやらないでしょう。」とか
言う人がいますけど、それは、現実を正面から見てない証拠です。
だから、なんなのでしょう・・・それはそれ、ほかの方法が考えられない
のが、発想の貧困であると言えるのです。
ともすれば完全主義に陥り、「こうであれば良いのに・・・・」というひとは、
たぶん「そうであっても、出来ない」人なのかもしれない。
「そうであっても、やるべきことをやって、次のチャンスをうかがう。」柔軟性が
必要と思います。

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2009年11月 6日 (金)

飲食店の盛衰の果ては・・・

ふく鮨本舗の三太郎・・・・民事再生から破産へ

民事再生手続廃止 負債総額 約17億3,000万円(2社合計)


代 表:蔀 章
所在地:福岡市城南区神松寺2-16-21
設 立:1990年8月
資本金:2億5,200万円 
年 商:(07/5)23億7,512万円

 同社および関連会社の(有)ふくちゃんフーズは、10月20日に福岡地裁から民事再生手続廃止の決定を受けた。

 保全管理人は橋本千尋弁護士(西新共同法律事務所、福岡市早良区西新4-9-39、電話:092-844-0071)。

 負債総額は、ドウ・イット・ナウが約14億3,000万円、ふくちゃんフーズが約3億円の2社合計で約17億3,000万円が見込まれる。

 なお、今回の決定を受け、同社らは破産手続へ移行する見通し。


ふく鮨本舗の三太郎・・・
一時期は、飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、急展開後、一気に売り上げ減と原材料高で、あっという間にこうなってしまいました。
でも、チャレンジしたことはほんと賞賛に値すると思いますよ。

飲食店は、(今は)日本ではチェーン展開は難しい状況です。
(今は)ひとつの業態で大きい成功を望んでは、しっぺ返しを食らう状況です・・・・

消費不況、価格破壊、原料高、人件費高です。
商売が成り立つ、状況はそんなに多くない・・・だからと言って、ノーチャンスではない。

同じ業態が、雨後のたけのこのように出来る時期はしばらくないでしょう。
でも、市場は必ず隙間を作ってます。
今、消費不況の中でも、隙間は生まれています。
それを、逃さないように、その隙間にあった、ピンポイントで、投資を少なく早期回収で、資金の回転が良い商売をしましょうよ。

単価が安くても、出来る商売や、日常食や、はたまた、その正反対の高単価高品質もありえるかもしれません。
商売は、いつも全員の向く方向が決まったとき、その逆に芽を出すものです。
条件を見極めて、商売のチャンスがある間に、着実に基礎を築くのも手です。
そして、やがて好況のとき、しっかり稼いでください。

そして・・蔀 章 さん、また、復活してください。
ネバーギブアップですよね。

ところで、私、ドリームゲートの、「チャレンジゲート in 九州」という起業家を応援する組織のセミナーの第1回目の講演をさせていただくことになりました。
恥ずかしい限りですし、失敗談からの反面教師的なお話しか出来ないので、そのような話をしますが、良かったら、観に来てください。
登録はコチラより・・・・

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2009年10月16日 (金)

アルピニスト 野口 健 さんの言葉に 飲食ビジネスのエッセンスをみる

7大陸最高峰登頂最年少達成(当時)や、エベレスト清掃登山などで有名な野口さんの話がTVで放映されていました。

野口さんのことは、TVでも見かけるのですが、詳しくは知りませんでした。
清掃登山のことはTVで取り上げられ、知ってはいますけれど、アルピニストとしての輝かしい功績や生い立ちなども、あまり知らなかったんです。

彼は、25歳のときエベレスト登頂をもって最年少記録を打ち立てていますが、その直前に2回7大陸最高峰最後の難関のエベレスト登頂を失敗しています。

1回目は、マスコミにあおられて、「7大陸最高峰最年少登頂記録なるか!」と。
天候不順と、体調がすぐれない中、チャンスをうかがいますが自然が立ちはだかります。
悪天候の中、先に韓国隊、ロシア隊が山頂アタックをかけます。
やがて、連絡が入ります。
ロシア隊3人全員死亡、韓国隊4人中1人死亡、あと単独でアタックしたドイツ人1人死亡。
みな、下山中の事故です。
ずっと天候が安定せず、どんどん、アタックのタイミングが遅れていきます。
それでも、アタックをかけましたが、酸素不足と体調不良で野口さんは断念します。

帰国後、失敗の記者会見。
容赦ない記者の質問や、がんばれと言ってくれていた人が、サーッと引いていく冷たさ。
命の淵にたった恐怖もあり断念しかけましたが、気を取り直し再トライを決意します。

翌年の2回目は、体調もよく、ほぼ順調に行きました。
やがて、アタックをし、あと山頂まで300Mまで迫ります。
そこで、天候が急変します。
一旦中断し、数時間も天候が落ち着くのを待ちますが、なかなか良くならない。
その中で、野口さんのパートナーは登頂を決意。
野口さんは下りる苦汁の決断。
パートナーの方は100M登ったところで、強風にゴーグルを飛ばされ、紫外線で目をやられ、手足が凍傷にかかり、結局遭難。
命は救われたものの、手の指が壊死し、10本中7本を失い、目もダメージを受ける。
もう登山ができない体に。

野口さんいわく、
「撤退して成功だった・・・・。のこり300Mで撤退する勇気があったことで、自信になったと」

そして、彼が言うには、人生で51%の成功があればいい。
そうであれば、49%失敗ができる・・・。

だから、チャレンジすること・・・そして、何を言われようが、次の成功のために、勇気ある撤退をしなくてはならないのです。

飲食店やビジネスにも言えることかもしれません。
どんなにがんばっても、成功は命があってのこと。
命を捨てるまでもなく、勇気ある撤退こそ、チャンスの確率を高めるということ。

世の流れが変わり、ビジネスが成り立たなくなった立地や業態も、しがみつきすぎず、手を尽くしたうえでではありますけれど、勇気ある撤退も大事なのではないかと。

私も、飲食店を経営して、失敗しました。
数百万円ドブに捨てました。
わずか6ヶ月でです。
たいしたお金ではないと思う方もおられますが、私にとってはほぼ全財産です。
共同経営で、ほかの人との調和を尊重し、知り合いの薦める物件で開業しました。
多少の疑念があった物件ですが、喧嘩してまで止める気もないし、会社も辞めてたから早く始めたかった。

甘かったです。
今考えてみると。
人間関係を調和良くやったとして、それで失敗しても、誰も救ってはくれない。
失敗した人に、人は冷たいもの。

だけど、ビジネスにあきらめは禁物。
今は、失敗を成功の反面教師にして、それをほかの人に役立てていただきたい一心で、仕事をやってます。

とは言うものの、私も飲食業に戻りたいと思ってます。
まずはワッフルのビジネスを立ち上げました。
仮設店舗営業から始めましたが、少しずつ良い展開も見えてきました。

野口さんのように、勇気ある撤退だったと思えるように、ネバーギブアップです。

最後に、野口さんの言葉より、
「韓国隊や中国隊、ロシア隊は国を背負っているので、無理なアタックを駆けて命を失うケースが多い。かつての日本隊がそうだったように。」
野口さんが尊敬し、登山に傾注させた冒険家 植村直己さんが、常に言っていた言葉が、「冒険とは、生きて帰ってくること」だそうです。
しかし、マッキンリーで遭難した植村直己さんの手記に最後に残っていた言葉が、
「『何がなんでもマッキンリーに登るぞ。』で終わっている」と。
「何が何でもとは、『いかなる状況下においても決行せよ』ということであって、そんなことは植村さんなら自然が相手にそんなことすべきではないとわかっていること。」
と・・・・・。

皆さんも、決して状況を都合の良いように判断なされないよう、勇気ある撤退は、成功の一歩です。
そしてネバーギブアップです。

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2009年10月 8日 (木)

企画書の重要性

飲食店のプロデュースにおいて、企画書はほんと重要です。
企画書へ込めるものは、単にデータではなく、オープンまでの青写真でもない。
最も大切なことは、対象になる人の幸福になるための設計図でなくてはならない。

対象になる人というのは、そこを運営するオーナーばかりではないです。
そこに働く人、そこに来るはずのお客さま、そこに関わるお取引さま、ご近所に住む方、全ての関わる人の幸福への設計図ということです。

その意識を持って、描かれた企画書は、人の心をうつ・・・・私はそう思うようになりました。
ページ数の多さ、内容の詳細さが問題ではなく、その企画書が関わる人の心を動かすものであれば、企画が受け入れられるものだと。

その地域に、こういうお店が欲しかった・・・
このお店ができて、働くのが生きがいになった・・・・
このお店を持ったことで、経済的にも恵まれ、自慢できる・・・・

そういう企画書でありたい。

儲ければそれで良い・・・それもそうです・・・・素敵なお店・・・・それもそうです。
どの角度から見ても、そのお店の存在が、人にパワーを与えられる企画書でありたいです。

そういう思いでいると、単なる思い付きでは描けなくなる。
まずその土地で感じること、オーナー様と会って、その方がどうなりたいのか知って、周囲のすむ人を知る・・・・取材をすることでありますが、結局良く知ることではないかと。

データは単なる思い付きを企画書に仕立て上げ、それを補完するためのデータであってはいけないと。
発想は大切です、もちろん最初は思いつきですけど・・・。

心を打つ企画書を実現させ、たくさんの幸福を周りに与えてこそ、胸がはれる仕事なんですけど。
なかなかそこまで言い切れる仕事はできてないんです。

まだまだがんばらなくては。

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2009年9月27日 (日)

飲食店はやりたいことを追求すべきか。

飲食店にだけいえることではないと思うのですが、オーナーの皆さんは、「本当にお店を繁盛させたいと思っていらっしゃるのでしょうか」と時々疑問に思うことがあります。

例えば、お店の雰囲気は、カジュアルで、20歳代~30歳代の女性向けの内装。
しかし、お料理はと言うと、お惣菜とか何とか。家庭的なお料理。
そのほか、小さなお店なのに、カレーもスパゲッティーも何でも、できるからメニューに入れる。

そのようなお店は、なかなか繁盛は難しいようです。
お客さまの心の動きやフィーリングを全く無視しているのです。
自分がこうやりたいからします・・・従業員がこんな料理が得意だから作りました・・・
こんなお店をやりたかったからやりました・・・
これってお客さまにとってどうなんでしょう。
一方的だし、なんか対話をしていない感じがするのです。

飲食店を運営するって、会話に似ていると思うのです。
「こういうお店は、どうですか」「今日はこんな料理をしましたけど、いかがでしたか」
「こんなインテリアは、落ち着きますか」という対話があるお店は、お客さまの心に伝わるんじゃないかと思うのです。
「少しずつだけど、良いお店になっていっているんだね」とお客さまに伝わり、なんとなく行きたいお店になっていく。
やがて小さな努力が実を結び、「こんなお店が欲しかったんだ」とおもわせるお店になっていくんです。

繁盛していないお店は、お客さまと対話をしていないお店です。

対話するということは、常に、お客さまにフィットさせる、その中で自分を表現しなければいけないということです。
お客さまのフィーリングにマッチする・・・・もしくは、こんな新しい楽しみ方はいかがでしょう・・・・そういう提案型もあるでしょう。
対話を、料理や雰囲気やサービスを通じてさりげなく表現し、心地よくお帰りいただくしかないのです。
私は、そのような対話ができて、お客さまのフィーリングにあうお店を「ぴたっとはまった」と表現したりします。

お客さまと対話し「ぴたっとはまったお店」にすることこそ、繁盛の道だと、今は思ってます。
皆さんのお店は「ぴたっとはまって」ますか?

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2009年9月25日 (金)

一見不可能に思えることこそ・・・・

こういうお仕事をさせていただいているものですから、さまざまな相談がきます。
何とかして欲しい・・・オーナー様の苦悩と、解決策が見つからない焦燥感が伝わってくる事案だったり、あきらめムードが漂う事案だったり。

その中でも、経営数値上では、答えがない、もしくは、思いつかないと言う事案があります。
そんな事案に、関わっては無駄と思うのか、少しでも動かしながら解決していこうと思うのかですが、最近私のそんな事案へのスタンスが、変わりつつあります。
そういう難しい事案に知恵を絞ってこそ、仕事と言える・・・・仕事ってそういうことなのだと。

以前も、難しい事案から逃げていたわけではないですが、心底「何とかしよう」と思うのか、「やるだけやってみて・・・」と少しあきらめムードでやるのかの違いです。

ひとつ何か改善してみる・・・そこからまた新たな展開をゼロから考える・・・そういうことを地道に繰り返していく中で、答えはおのずと見えるものなんじゃないかと。
私が考えることではなく、なにか自然に見えてくるものではないかなと。
それは、アイデアの集積と地道な解決作業があってこそ見えるものだと。

もつれた糸をほぐすのや高い山を登るのに似ています。
何箇所ももつれていると、まず1つのところをほぐします。
そうすることによって、次のもつれが解きやすくなる。
高い山の頂上に登ったとき、最後の到達点から見たときのはじめの一歩は、本当に小さなもの。

仕事ってそういうことなのだ・・・この歳になってやっとですが、心の底からわかったような気がしてきました。

昨日TVで放映されていたのですが、アフガニスタンの民生支援のペシャワール会の中村 哲 医師の活動をみました。
それなんかまさにそうです。
治安が悪化し、外国人へのテロが繰り返されるアフガニスタンに一人残って、中村医師はなにをしているかというと、砂漠の耕作地化です。
中村医師は、決して緑地化のプロではない。
でも、「アフガニスタンの惨状は、そもそも、食糧不足がもたらしている。」そう信じた中村医師は、乾いた土壌に遠くの川から水路を引く作業を始めた。
最初は、アフガニスタン人も冷ややかな目で見ていたようです。
しかし、小さな体で汗をかき、毎日の些細なトラブルやわからないことがあったら、研究し、解決策を地道に実行した結果、アフガニスタン人が手伝うようになった。
やがて6年、一人の医師の小さな活動が、砂漠に水を引いてしまいます。

そこで、耕作された食糧で、人々は潤い、銃を捨てるのです。

ひとつの石を積む、丹念に懸命に。
なんか宗教じみて精神論でそうするのではなく、本気で解決するための一歩がそこにはあったのですね。

私も、中村医師がそうしたように、不毛の大地を緑に変えるような仕事を、この分野を通してやっていきたいと思うのです。
まだまだ、努力不足ですけど、はじめの一歩を踏み出さない限り、何も変わらないのですから。

最後に、中村 哲 氏の言葉でしめます。

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氷河の流れのように  中村 哲

農村や下町に行けば、そこには殆ど昔と変わらぬ人々の生活がある。そして我々の活動も、これらの人々の涙や笑いと共にある。何世紀も営まれてきた人々の暮らしが、たかだか10年やそこいらのプロジェクトで変わるものではない。しかも、俗にいう「進歩」や「発展」が本当にこの人々の幸せにつながるかどうか、私は疑問に思っている。 


我々の歩みが人々と共にある「氷河の流れ」であることを、あえて願うものである。その歩みは静止しているかの如くのろいが、満身に氷雪を蓄え固めて、巨大な 山々を確実に削り降ろしてゆく膨大なエネルギーの塊である。我々はあらゆる立場 を超えて存在する人間の良心を集めて氷河となし、騒々しく現れては地表に消える小川を尻目に、確実に困難を打ち砕き、かつ何かを築いてゆく者でありたいと、心底願っている。 

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2009年9月19日 (土)

カフェのオーナーと話して

昨日、試作用の食材を買いに行き、帰りに近くのカフェに立ち寄りました。
そこのカフェは、以前も行ったことがあるのですが、おいしい健康的な生ジュースがおいてあります。
そのときも生ジュースを飲んだのですが、本当に体が軽くなったように感じたのです。
だからもう一度飲みたい・・・なんとなく足が向かっていました。
小松菜とパイナップルとセロリが入ったジュースなんですけど、小松菜の青臭さがなく、とても飲みやすいジュースです。

そこのオーナーさんは女性で、はっきりお年を聞いてないのですが、もう50いくつかだと思います。
しかし、肌がとてもきれいなので、前に伺ったときも「すごく肌がおきれいですね」と話しかけました。
実はそこのオーナーさんは長年化粧品販売に携わっていたそうで、生ジュースを毎日飲んで、体の中からきれいにするよう心がけていると言う話でした。

昨日行ったときも、私のことを覚えていてくれてたので、割と暇だったからなのか、いろんなことを話してくれました。

子供さんが、飲食店のデザインをしているらしくて、私たちのお仕事をいっしょにできるかもしれないと言うことや、オープンからの苦労話やら。
多分にもれず、オープンからはほんとうにご苦労されたようです。

まず、料理人とのトラブル。
料理人が色々料理を作るのですが、オーナーの制止を無視して、色んな料理をトライし、ロスする行為を繰り返したと言うのです。

さまざまなタイプの料理人がいますが、ある一部の人ですが、このような方がいます。
料理に対する思いがなんかズレている人ですね。
なにがズレているかと言うと、「今どのような完成度の、どれくらいの費用を使った料理が欲しい。」と言う前提が全くわかっていないということです。
自分がやりやりたい料理、自分が面白いとおもう料理、自分が納得する料理・・・突き詰めれば、自己満足のための料理がたくさんできてきます。
そのような料理人の方は、そのお店のお客さまが期待している料理、オーナーが望んでいる料理の質は全く観点にありません。
人の財布で、自分の料理の腕を磨き、自分の「料理という作品」をどこまで追求するかが、人生のテーマなのです。
それによって、お客さまからお褒めを頂き、やがてなお大きいところのシェフに抜擢されることを夢見たり、自分がオーナシェフになるための修行をしています。
ほんと自己中心的な料理人なのですが、そんな人がたまにいます。

ここのオーナさんは、これはまずいと思い、1ヶ月で退職させたそうです。
勇気が要りましたでしょうけれど、正しい判断ですね。

料理をするにしても、料理は商業デザインなのですから、
決められた予算や、決められたコンセプトのなかで、売れる料理を作るのが前提です。
それを忘れて、「自分のやってみたい料理」「自分の最高の料理」をつくりつづける環境適応能力の乏しい料理人は、職場を追われて当然なのです。

世の飲食店オーナーさん、勇気を持ってそのような料理人は切ってください。
それはやがて、その料理人にとっても、苦い薬になるでしょう。

今日のカフェのオーナーさんは、料理人を辞めさせた後、現場に入ってもがきながらも、がんばっておられました。

がんばってください!

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2009年9月10日 (木)

仕事を創るということ

100年に一度の不況と言われていますけど、皆さんはどのような状況でしょうか。
今までのビジネスで、売上が落ちたり、利益が悪くなったりしている場合もたくさんあるでしょうね。

私が思うことは、「今はいろんなことを進化させたり始めるチャンスではないか・・・」と。
不況とは、「既存のビジネススタイルがただ単に少しの間否定されただけ」という現象ではないかと。

日本のバブル崩壊にせよ、今の金融恐慌にせよ、「こうやったら儲かる」=「ビジネススタイル」が少しずつ世の中に歪をもたらし、それが一時的に崩壊しただけ。
それでも、人は飯を喰らい、排泄をし、生きていくものです。
だから経済活動は止まることはないんですね。

今、飲食にしても、派手な格好ばかりの高いものよりも、実質的なもの、例えば「パン」などは伸びています。
消費の金額にしたら総額は減るのですが、食べることで同じカロリーを消費しているはずなのです。
だから、より手のかからない、パッケージなどの余計な装飾のない、シンプルなものは安くできるし、今はチャンスがあるはずです。

しばらく、人の手がかかった飲食の業態が売上が伸び悩むため淘汰されて少なくなり、実質的な食の形が残りますが、不思議なもので、また商売のチャンスは、高付加価値のものに出てくる時がきます。

常に人間の消費心理は移ろい、さまざまなチャンスとピンチを創り続けている。
これが正しいとみんなが思ったら、その裏が正しい・・・私はそうおもうようになりました。

いま、売上が落ちたところは、幾通りかの考えがあると思います。
「今チャンスのある商売をはじめる」のか「必死に耐えて、やがて来るチャンスに備える」か、もうひとつ考えをめぐらし「今までの延長線上でも、何かを足したり、引いたりするかして、より強いビジネスの形に進化させる」のか。

事業家の皆さんには、全てに平等なチャンスが与えられていると私は思ってます。
手持ち資金の多い少ないもあるでしょうが。
たとえ手持ち資金があるにせよ、それを元手に稼げなければやがて資金はなくなります。
手持ち資金がない人でも、1の資金を2にできる人は、やがてお金はたくさん巡ってくるのですから。

少ない資金をどうやって増やしていくのか、小さいなら小さいなりに、与えられたステージで、少しでも増やす商売や商品を作り出す・・・それこそ「仕事を創る」と言うことですよね。
それができなくて、大きい商売は無理ですよね。

私も、まだまだ動かす資金はわずかなのですが、自分自身も、私がビジネスに関わる方々も、お客さま全てを、私どもが創意工夫を積み重ねることで、ビジネスを進化させて、たくさんの方々に喜んでいただきたいと思います。

そのためには、「毎日ゼロから考える」習慣をつけなければならないと思ってます。
商売とは・・・これで正しいと信じた瞬間が間違いの始まり・・・なんじゃないでしょうか。
先入観を外す・・・これは本当に難しいことなんですけど・・・・

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2009年8月28日 (金)

FOOD ACTION NIPPON について

盛んにTVCMで、FOOD ACTION NIPPONと叫んでますね。
何気なく見ていたんですけど、食に関わるものとして、少し興味を持ってサイトを見てみました。


最終的な目標が、食糧自給率のUPです。
主管は農林水産省のようです。

この活動に関しては、やらねばならぬことですし、今までの農水省のやり方にしては、今回は非常にスマートですね。
消費者から啓蒙活動で入って行こうということですかね。
賛否はあると思いますが・・・・今までの官庁にないスタンスとCMですから、私はどちらかといえば、好意的に見ています。
今抱えている第1次産業は、何に困っているかといえば、若い労働力ですよね。
だから、農業をイメージから変えよう・・・というのは正解だと思います。
「働きたい」「農家の力になりたい」そう思う若者が増えてくれば、農村が変わるかもしれないのですから。

私は、農村や農家が素敵になることこそ、若者を農業へ向かわせるのだと思っています。
たとえば、「かっこいい作業着」・・・カラフルでスタイリッシュなもので農作業なんて素敵じゃないですか。
たとえばかっこいい耕運機・・・・これを操りたいと思ったら、若者が興味を持つはず。若者は「かっこう」です。
ファッションや、スタイル、美しさ、清潔さ・・・・「そんなこと考えて農業ができるか!」なんて農家さんには怒られそうですが、労働力が欲しいなら、ちゃんと戦略的にリクルート活動をし、定着させる戦略的思考をしなければいけないでしょ。
普通の企業では当たり前にやっていることなんです・・・例えば、かっこいい制服や、清潔な事務所や企業CMとか・・・・製品もデザインに凝ってとか・・・・でも農業はそれができているでしょうか。
そこで働く喜びは「働いていて誇りに思う」ことであり「働くことが憧れになる」ことじゃないでしょうか。
その当たり前のことが、農業の労働力政策、後継者政策にゼロだった。

だから、このFOOD ACTION NIPPONのアプローチの方法には賛辞を送ってます。
でもこれからです。
もっと踏み込んで、農業を面白いものにしていかなくては・・・・
そうするためには、やはり、そこそこ「儲からなくてはいけない」ですね。

じゃどうするか・・・1つはJAの規格統制を止めさせる。
B級品を市場にだし、日本の農産物価格を競争できる値段に落とし、それが自給率UPに繋がるようにしなくては。
JAも生産者直売所では販売させているようですが・・・やはり安いですもん。
「この価格なら買うだろう」という価格です。
流通コストがほぼゼロということと、通常自家消費に回るものだからできることなんでしょうけれどね。
また、価格の暴落を防ぐために、学校給食を国内食糧100%に変更していき、農家が作ったものは、契約栽培とし、全品買取にすることができれば理想じゃないでしょうか。

儲かってかっこいい農業・・・若者はこぞって都会から農村へ就業するでしょう・・・人は楽しいから集まるのですから。

そうじゃないですか農水省さん!もっともっとがんばってください!
そして、農家さん・・・私も微力ながらお手伝いします。!

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2009年8月27日 (木)

外国人のBLOGより日本人の美徳を見る

私は、右翼的思想を持っているわけではありませんし、特に日本人であることに誇りを持ってはいません。
むしろ、精神力がひ弱であるように思うこともあり、コンプレックスになっていることも多いのです。
私自身について言っても、どちらかといえばシャイな性格だし、周りに合わせて自分の意見を前面には押し出さないことも多々あります。
変な遠慮ですかね。
海外で仕事をする機会もありましたけど、思うことは「控えめではいけないな・・・」ということでしたが、結局あわせてしまったりしていたように感じます。
しかし、外国人から見ると、日本人がもつ独特の素養は、うらやむべきものであったのです。

ネットサーフィンで見つけた、中国の人から見る日本人の美徳をかいたBLOGを紹介します。
****************************************
2008年は日中青少年友好交流年にあたる。11月10日、日本政府からの招待に応じて中国側は300人からなる代表団を組織し、日本訪問を行なった。
11月12日、東京の学習院大学で日中青少年友好交流年の閉幕式が行なわれ、中国側および日本側代表団と日中友好団体など総勢1500人余りが参加した。閉会式終了後、我々は七つのグループに分かれて日本各地を訪問したのである。
  閉会式には日本の麻生首相も参加し、四川大地震による困難を克服し、北京五輪を成功させたことに対する祝辞と賞賛の言葉を述べた。さらに、日中の青少年が交流によって互いの理解が深まり、日中関係の基礎が固まったことに喜びの言葉を語った。
  閉会式終了後、中国側のA代表団は横浜や鎌倉などを訪問した。横浜は海に面した大都市であるが、横浜市のゴミ処理工場「鶴見工場」はまさしく海に面して建てられており、外から見た限りでは横浜ベイブリッジと美しいコントラストを成す現代的なハイテク企業にしか見えなかった。実際に工場を見学してみると、ゴミ処理工場を三時間に渡って歩き回ったにもかかわらず、靴は全く汚れていなかったのである。
  鶴見工場はコンピューターで制御されているほか、工場の6階からはゴミ収集車が秩序正しく出入りしているのが見えた。これだけであれば震撼するというほどではない。中国人青少年たちが本当の距離を感じたのは日本人がゴミを厳しく分別しているということである。
  代表団の一人は「日本人の細かい点にまでこだわる意識には敬服させられた。日本がこれほど環境保護を意識しているとは思っていなかったため、日本に対して持っていた固定概念が崩れた」と語った。
  「日本で何を見たか」と問われれば、それは「中国との距離」と答える。しかし、この距離はハード面における距離ではなく、人的素質における距離である。****************************************
中国に行くと感じるのは、「エネルギッシュである」ということです。
確かに秩序的ではありません。
日本では、秩序がむしろエネルギーを奪っているように私は思ってましたけど、それは違って、他国からすると美徳なのですね。

日本の接客サービスについても、良い面もたくさんあります。
まず、「察する」ということを重んじますよね。
言葉を言わずとも、相手のやりたいことを先回りして、気を遣わせない・・・これが究極のサービスである・・・・そう思っている日本人は多いと思います。

そういえば、同じ九州でも、長崎と福岡では随分サービスの質が違います。
長崎は「察する」ということが重視されているように思うし、今すんでいる福岡はむしろ「元気」だったりします。

長崎は、古くから観光県であり、多くのサービスがホテル流を基準として作られているように思います。

一方福岡は、商都であるから、市場とかの元気のよさを反映しているのでしょうか。

そういえば、長崎から福岡へ初めて出て来て、仕事でサービスをするとき、お客さまの反応の違いに驚いたことがあります。
長崎では、お客さまはサービス担当者が察することをずっと待っていることが多いです。
オーダーが決まったときも、視線を送ったり、メニューから視線を外したり、色んなサインを出してました。
それに気づき、サービスを先回りしたとき「サービスって面白いな」と感じたものです。

しかし、福岡は違います。
察するのを待つ習慣があまりないのです。
決まったら「すいませーん!」とすぐ来ます。
察するという「間」がない。
「せっかちだな」そう思ったものです・・・でも今では「すいませーん」といってますけどね。(笑い)
そうしないと、担当者がオーダー取りに来てくれないのですから。
サービス担当者も、察する必要がないのですね。
大阪もその傾向があるように思います。

でもですが、外国人が見る日本人の「「秩序」とか「清潔」とかという日本人の美徳は、羨ましい素養であるのです。
サービスにおいて、リッツカールトンだなんだといいますけど、日本にも旅館やさまざまなお店や会社のなかに「察する」というサービスの基盤があるのです。
それは、日本人が人を育てていく上で、身に付けさせるものですから、他国の人よりはるかに高いレベルにあるはずです。

人の目や行動を見て先回りをする、「汲み取る」「察する」その力ですが、パソコンの影響なのか、若い子達は、少し欠けているように思えてなりません。
日本人の美徳がどこまで続いていかれるのか、私も親の一人として、子供にしっかり受け継がせなくてはいけないと思います。

サービスについては、「察することを磨くこと・・・」言外の言を聞くことのできる人間になることこそ、サービスの極意であるとおもいます。

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